25年前、何の変哲もない写真を撮るのに、どれほどの労力を要したのかを思い出してみてほしい。フィルムカメラ、ネガ、暗室、感光乳液、そして印画紙が必要だった。現像して誰かに見せられるような写真にするには、数日もかかった。それが、現代ではどうだろうか。ポケットに収まるサイズのスマートフォンで写真を撮影、加工したものを確認し、たった数秒で誰にでも見せることができる。スマートフォンは、高解像度の画像を捉え、表示し、全く同じことを同様にこなせる10億台ものその他の端末に瞬時に配信する、という機能を1台にまとめた、魔法のような端末なのだ。今では、ある瞬間に撮影された写真が、瞬く間に全人類の半分を超える数もの人々によって見られるということも、あり得ない話ではない。これまでの時代には決して存在していなかった視覚表現の力を、私たちは今手にしているのだ。
視覚メディアを作成して表現するという行為が、信じられないほどの短時間で行えるようになっていることから、新たな行動パターンが生まれている。私たちは、何かを買う際、結婚相手候補を選ぶ際、さらにはお互いに日々のやり取りを行う際にも、画像や映像を参考にするようになっている。画像や映像は、有意義な形で思考、感情、意図、ステータス、および自らの存在を提示するために使われるようになっている。特に、インターネットがデスクトップコンピュータ以外からもますます幅広く使われるようになる中で、視覚メディアは、インターネット上でのあらゆるインタラクションをより高速化してきた。それによって、現在のモバイルアプリケーションのほぼ全ては、画像または映像コンテンツを上にスクロールするか、下にスクロールするか、左にスワイプするか、右にスワイプするか、タップするか、撮影する、という機能を何らかの形で組み合わせたものとなっている。
このように新たに生まれてきた行動によって、インターネット上を飛び交う視覚情報の量が爆発的に増加した。画像および映像データは、インターネットでやり取りされるデータの非常に多くの部分を占めている。端末メーカー、ブラウザの開発元、そしてネットワークエンジニアは、このコンテンツの大流入や、こうしたコンテンツが新たに生み出している新たな市場に遅れを取らないよう、急速にイノベーションを起こす必要に迫られ続けている。更なる高解像度のカメラや、高解像度のディスプレイ、また圧縮効率が非常に高い新規ファイルフォーマット、そして視覚メディアを配信するための新たな基準が、毎週のように公開されている。このような技術のすべてをうまく組み合わせるため、「イメージングチェーン」という技術スタックにおいて、目まぐるしい反復が行われている。
イメージングチェーンとは、被写体を視覚的に捉えてからその情報を人間の脳の視覚野に届けるまでに必要な、全てのプロセスの総称である。またイメージングチェーンは、互いに重なり合う科学分野の知識を大量に集結させて実現されている。私たちは消費者として、イメージングチェーンなどというものを一切意識していないが、その恩恵を非常に多く受けている。比較的近年に起きた、デジタルイメージングへの転換によって、イメージングに関連する科学的事項のほとんどがブラックボックス化され、私たちは意識せずに済むようになった。平均的な消費者は、自身のカメラの光学機構、カメラの感光センサーのレスポンス性能、データを保管するファイルフォーマットの細かな特徴、使用する圧縮アルゴリズムの影響、アップリンクの性能、または見る側のスクリーンの解像度などを気にすることなく、写真をInstagramに投稿できる。
技術が前進するにつれ、視覚メディアの新たな用途が見出される。すると、イメージングチェーンも、それに追いついて合わせるために、前進しなければならない。その好例として挙げたいのが、「セルフィー」や「スナップ」と呼ばれる写真を携帯電話で撮影するようになったことだ。携帯電話で撮影する写真は、手早くその時限りの用途で撮影するという性格を持つため、ほとんどの人は大して入念な準備をせずに撮影する。それによって、構図が悪い、水平線が傾いている、それにピンボケしているなどの問題が発生することが多い。こうした画像のブレをなくして向きを揃えるのに役立てるために、スマートフォンのカメラには加速度計とジャイロスコープが搭載されている。これらのセンサーからの信号が、アルゴリズムを通して、捉えられた画像データの解釈に使用されているのだ(こうした考え方を、コンピュテーショナルフォトグラフィーと呼ぶ)。これによって、手ぶれを軽減したり、水平線を補正したり、しっかり構えずに撮影することによって発生するその他の問題を修正したりという効果も得られる。
スマートフォンに加速度計とジャイロスコープが搭載されたことで、イメージングチェーンに新たな信号が加わった結果、思いがけず新たな可能性も開かれた。これらの新たな信号は、開発者が前述の問題を解決するにあたって、端末から見て被写体がどこにどの向きで存在しているのかを判断するのに使用されるだけではなく、より興味深いことに、逆に被写体の世界の中で端末がどこにどの向きで存在しているのかを判断することも可能にしてくれるのだ。こうした端末を顔に固定することで、自分がどの視点からどこを眺めているかという情報を、イメージングチェーンに流すことができる。まさにこのようにして、このテクノロジーサイクルの中で「仮想現実」が開発された。被写体は確かにフィクションの世界のデジタル投影ではあるが、その背後にある技術スタックは、セルフィーの構図を素早く決めるための技術スタックと同一だ。仮想現実は、モダンなイメージングチェーンが新たに産み落とした成果であり、このイメージングチェーンは位置と向きを知らせる新たな信号があって初めて可能になったものなのだ。
新たな信号が導入されるごとに、イメージングチェーン全体の可能性が増幅される。GIF、Vine、Snapchat、Periscope、Cinemagram、Twitch配信、3D映像、仮想現実、そして拡張現実は、どれも同じイメージングチェーンを基礎として、それぞれ異なる応用がなされているもので、その実現には多様かつ新たな信号の登場が役立った。私たちの端末の機能が増え、私たちが視覚メディアをより幅広く使用するようになるにつれて、さらに多くの信号が導入されることになるだろう。実際のところ、インターネットはますます、視覚メディアの配信機構としての役割を大きくし、最終的にはイメージングチェーンとインターネットは判別不能になるだろう。イメージングチェーンに流し込まれる信号を理解し、それに応答する技術を開発するという分野は、インターネット技術におけるこれからの10年間で最大の探求対象および価値の創造が見込まれる分野となるだろう。